SNS(Bluesky)にて、せっかく「最近はサイトをメインに動かす」という話をしたので、サイトを動かしに来ました(有言実行)。
なんかブログみたいなことしようかな~と思ったのですが、個人サイトの記憶が遥か彼方のオタクはいにしえの個人サイトってどんなこと書いてあったかな……という顔になり、そのいにしえの個人サイトの皆様は軒並み存在が消滅している(ちきしょーっ!!)(悔しさからの男泣き)ので、本当にどうすればいいんだ……という顔なのですが、個人サイトとは名ばかりの個人基地なので、「好きにするか!(開き直り)」となりました。
とりあえず近況でも書いておきます。
体調の話の延長で病気の話もあるので、ちょっとでも触れたくない方は開けないほうがいいかも。
あと作りかけのドールの写真もあるので、そういうものも平気な方だけどうぞ。
∴体調
終わってます(白目)。
白血病の治療で抗がん剤を飲まなければいけないので、これがま~~具合悪くなるんですね。
一定数飲んだら一定の期間空けて、また一定数飲んで休んで……を繰り返すんですが、なんせ抗がん剤なんで一個が重たい。飲んだら起き上がれない。つれえ。最初の頃は割と大丈夫だったんですけどね。
で、入院中に体力が極端に減る&極端な食事制限で退院後に盛大なリバウンド&自重で潰れる(シン・ゴジラ)がコンボになった結果体力ゴミ筋力ゴミになり、もうぐったり。
こうなると自然にメンタルも終わってしまうので、結構徹底的に落ち込んだりして。でもそういうときって私はとことん落ち込んだほうが元気になれるので、とことん落ち込んでガーッと泣いて泣き疲れて寝ます。なんとなく泣くことはいけないことなような気がしていましたが、案外ガーッと泣くのも悪くないもんです。
こういうことを思えるようになったのも、うつから少し抜け出せてきた証拠かなあ、と自分では思っています。
∴お絵描き
「描きたいネタの渋滞」からの「手が追い付かない」 からの「描かなきゃ!!!!(激焦り)」からの「おれはなにもできねえ!!!!(激うつ)」になるので、今は健康第一を生活順位の頂点に置いている以上、焦りすぎないようにしています。SNSとか見てないのもこれが理由ですね。皆さんの絵を見てるのはもちろん楽しくて大好きなことには変わりないのですが、リアルタイムで目まぐるしく作品が流れてくると「おれはこんなところで寝っ転がってなにをしているんだ…情けない…(自責)」に自然となってしまうので。
自分は前提として心身ともに健康ではない、ということを意識することで、あまり余計な焦燥感を持たないように気を付けています。余計な焦燥感から生み出した作品のせいで自分が余計に体調崩したりしたら元も子もないですからね。
でも描きたいときにはすぐ描けるように、寝っ転がってもいじれるスマホにネタをメモしたりとか、描きたいものに優先順位をつけたりとか、そんなことはやってますし、起き上がれた時にはなにか描いたりもしています。
あとは最近は描きたいものに技術や知識が追い付いていないことを感じるので、ネットで検索したり本を読んだり映画見たりアニメみたり、とにかくインプットに夢中です。おかげで信じられないくらい映画館に通ったり、配信で何か見たりしてます。フォロワーさんにお付き合いいただいて同時視聴とかやったりしたりして。すごく楽しいです。最近ずーっとアウトプットをしてたので、そういう意味でもインプット期間になるのは自然な流れな気もしますね。やはり何事も知識なしには描けないなあということを痛感します。
最近、上野でやっていたゴッホ展を見に行きまして。正直に言って画家の絵のすごさみたいなものは私にはピンとこないのですが、ゴッホの素描を見たときに「鉛筆と黒いペンだけでここまで描けるもんなのか?!」という衝撃を受けました。油絵の具とかだともう知らない領域なのでほえ~~という気持ちで見ているのですが、鉛筆に黒いペンなんて日常的に使うものじゃないですか。それであそこまで描かれるともうさすがにすげーってなります。絶対に私にはできない。できないけど、できたらいいな~と思って描くことの自由まで縛られる権利はないので、とりあえず私も適当に写真とか模写してみようかな~みたいな気持ちです。
鉛筆だとやっぱり白黒でバキッと決めるので、片目が半分見えない私でも白黒ならわかりやすいですしね。あと自然と白黒の作品に気を取られている自分に気づいたときに、私が白黒の作品が好きなのってやっぱ漫画をメインに触れてきたのが大きいんだろうな、というのをこのとき改めて痛感しました。
それはそれとして「夜のカフェテラス」やその近辺の年代の絵は本当にきれいでしたね。あれらの絵を生で見るためにあれだけの人間が列をなしていて、そのそれぞれにゴッホへの何かしらの感情があるのだと思うと不思議な気持ちになります。
私は絵画と一緒に並べてあったゴッホの手紙の言葉たちが印象的でした。書いている言葉や内容から伝わる人となりみたいなものがわかったときに、あれらの絵を見たら印象が全然違いましたね。ゴッホのようにすごい人間だと自分を言いたいわけではないですが、彼の中にあった苦悩や孤独みたいなものは伝わるような気がして、それが伝わるからこそこれだけの人間が彼に惹かれるんだろうな、という気持ちになりました。
こういうことを言うと「おまえはゴッホじゃねえんだから偉そうなこと言うんじゃねえよ」って言われるんですけど。ゴッホみたいな絵を描いてみたいです。描けるようになってから言え? 描いてみたいと思ったところがスタートですから。卑屈になるよりは言うだけでも前向きなほうが人生楽しく生きれますので。
ちなみにとりあえず技術的なものは何も考えずに三菱の鉛筆とマルマンのルーズリーフで描いてみたものがこれです。なんというか、光の当たり方みたいなものがピンと来てない感覚がしました。勉強するか~という感じです。あとやっぱルーズリーフだと一定の濃さまで行くと紙が薄くて破きそうで怖い。鉛筆でガガガ~っといくならもうちょい厚手の紙がよさげです。集中力がすぐに切れるのは普通に悪癖。個人の感想ですのと感覚には個人差があります。
米津玄師さんの「夜鷹」、本当にいい曲で大好きです。こんないい曲が主題歌のキングダムってどんな話なんだ。見た過ぎる。
∴音楽
なんか突然目覚めました。
よく考えたら昔から音楽は一日中かけてるくらい好きで、うつでの闘病も白血病での闘病も必ず音楽聞いてやり過ごしてたので、いままで触れてこなかったことのほうが驚きなんですよね。でも楽器なんて簡単に弾けるようになるものじゃないし、それでもだもだしたくないので、とりあえず歌を歌うことからやっています。声があれば歌は歌える。歌は音が出るという意味でもほぼ楽器です。無敵です。
カラオケに行くのがおかげで楽しいです。歌ってみたから始めて自作の曲作れたら楽しいだろうな。夢はでっかく持っていきましょう。声がでかいせいで家で歌うのは集合住宅を考えるとなかなかハードル高いのがネックです。
あとはどちらにせよずっとギターは弾きたかったのでずーっと前に買ってホコリかぶってたアコギを引っ張り出してきました。なんかすごい便利なやつでチューナーが内蔵されてるんですよ。なのでチューナーを逆手にとってどの弦のどこを押さえるとどの音が鳴るのかをチューナーで覚えて、コードを押さえるほど器用なことはまだできないので一弦でコードと同じ音を出してコードを弾いた気になっています。
運指と弦を鳴らす練習には確実になっているのと、コードを押さえようとして「指いてえ!!!もうやだ!!!」になってずっとやらないよりは続いてるのでヨシとします。投げっぱなしにするよりは継続が大事なことはいろんな出来事で痛感していますから、続けなきゃ!という強迫観念ではなくやれるときにやれることをやろ~くらいのノリで。まだはじめたばっかりなんでのんびりやっていきます。
でもやっぱ歌うにしろなんとなくギターをいじるにしろ、楽しいです。楽しさって新しいことを始める上ではとても大切ですよね。
∴造形
※失敗した造形(髪の毛のみ)注意↓
自創作の由美子の頭になるはずだったものです。
「無様ね……(赤木リツコ)」
自分では結構うまくいっていたと思っていたのですが、敗因がたくさんありました。
・パテの盛りすぎ
最大の敗因です。辰美(既製品の髪パーツを強奪)と並べると頭がでかすぎました。
巨頭ュになることを恐れたのでヤスリをひたすら使いましたが所詮ヤスリなので減りません。カッターは指を切ります。仕方ないので潔く諦めました。
・パテが折れる
御覧の通り色が違うのを二種類混ぜてるんですが、くっついてるとこと折れるとこがありました。パテが相性悪かったのか、固まったところに後から固めたからくっつかなかったのか、理由は謎ですが削ってて色がちがうところがバッキバキ折れました。諦めました。
もうこいつはさっさと新しいの作ったほうがはやい。ということでこいつは試作品ということで終了としました。
こいつにこだわって信じられないほどタイムロスした気がします。はじめてだったからしょうがない。むしろはじめてにしてはよくやったと思う。失敗は次に生かそう。はじめてでうまくいくわけがない……。
でも楽しかったので二個目が今から楽しみです。とにかく盛りすぎ注意でやっていきます。
この試作品くんは塗装とかのときもテスターになってもらいましょう。
しかし造形、恐るべし沼。楽しい。
∴イベント&制作物系 その他
年末の某版権カプウェブオンリーに向けて原稿をそろそろやらないとまた痛い目をみるので頑張ろうという気持ちです。個人的にブロマンスで推している二人ですが、今回ちょっとTHE・二次創作みたいな、創作をやり始めて掴んだ「二次創作として描けるもの」の感覚を大事にしたい、という感覚があります。
昔の私は「それもう一次創作だろ」となるくらい二次創作から逸脱したものを描いていた自覚があります。いや、だから二次創作やめたんですけど。好きなキャラの理想化が自分の中で大きくなりすぎて、その二次創作である必要性みたいなものをよく忘れていたように思います。もっとも、一次創作がメインとなった今となっては過去にハマったカップリングなどを見はすれど「でもこいつら別に公式では恋人じゃねえしな」とどこか冷静です。
私の描いているものは「もしこの二人がこういう展開になったら!」というもしもボックス的なものでしかなく、「もしも」でしかないので二次創作なのですが、これが例えば「絵柄を露骨に公式に寄せている」とか「二次創作側が公式だと誤認される」ことが危ないわけで。
ここ最近の二次創作の雰囲気とかファンメイドの在り方みたいな炎上の話を見ているとこの辺をいやでも意識しなければならず、それが個人的な二次創作から足が遠のく理由だったりもするのですが、まあそれはそれ。描きたいので描きます。でも前より表立って二次創作しようとは思わないでしょうね。一次創作が楽しすぎるから……。
なので今回の機会を逃したらいつこの二人の二次創作をまたやるか私の中では未定なんですよね。
この二人に関しては出会えた縁がどれも素晴らしい思い出だったりするのもあって、前向きに描こうという気持ちになれています。基本的に二次創作の界隈にはあまりいい思い出がないのですが、ここだけは本当に素敵な思い出ばかりです。ありがたい縁をいただけたことを二人と元作品にはとても感謝しています。
あとはとにかく自創作の何かがほしい。ぐねぽさんとの創作のやつもほしい。ぐねぽさんの創作の二次創作もしたい。だから手が追い付かないって言ってんだ(逆ギレ)。
本編すら存在しない自創作のグッズってなんだって思うかもしれませんが私がほしいんだから仕方ない。本編だってほしいよ? でも同じくらいおれはおれのグッズがほしいんだ。わかるだろ(脅迫)。
グッズがあればモチベもあがりますからね。
まあでも結局は「それよりさっさと心身なんとかしろ」に返ってくるので、私はここで着席です。
近況はまあこんな感じですかね。
父親とのこともなんか書いていきたいなあ~と思ってるので、死んだ人の話が大丈夫な人はそっちも良かったら見てください。父親が生きていた証をいろんな形で残しておきたいので。死んだ人の話なんでまた別記事で書きます。
なんか賞なんて大きなものじゃなくてもいいから作品を発表せねばならぬ! という強迫観念じみた焦燥には常に襲われているのですが、私の場合は強迫観念や焦りから出てきた作品にいいものがないので、自然に出てくるのを待ちます。魔女宅でウルスラさんが言ってるやつですね。がむしゃらに描いて、それでもできなかったらやめて、自然と描きたくなるのを待つ。
長年自我が存在しない生き方をしてきたので、他者からの評価の前に自分の好きなものを確立するターンを丁寧にやっていかないとって感じです。
自我を確立させて信念を貫くことは自分を信じることに近いのかなあと、「人を信じよ、その百倍も自らを信じよ」みたいなことを言っていた手塚治虫氏のドラマを見て思いました。
「紙の砦」、すごく好きな漫画です。戦時下でも漫画を描いていた彼の気持ちだけなら理解できます。
しんどいときに一番味方をしてくれるのはいつだって空想だよな~。
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